Fさん(女性)
・アルツハイマー型認知症
・要介護2
・以前はトイレの場所を覚えていて、一人で迷うことなく行っていたが、認知症の進行からトイレの場所が分からなくなっている
・トイレ内での排泄動作は問題なく、自分ですべてできている
デイを利用し始めて1年が経つFさん。
最近はトイレに行く回数が増え、何かしていても、すぐに立ち上がってトイレに行こうとし、多いときは5分おきに行くこともあります。
立ち上がってもすぐには動き出さず、周りをきょろきょろ見渡し、デイ内をグルグル歩きながらトイレに行っている様子が見られます。
本人からトイレの訴えはなく、Fさんが立ち上がった際に「どうされましたか?」とスタッフが声を掛けると、「ちょっとトイレに行ってくるわ」と答えます。
「一緒に行きましょうか?」と声を掛けても、「自分で行けるし大丈夫」と言うので、見守っている状態です。
トイレに行っても排尿は見られないことのほうが多く、ブツブツ独り言を言いながらただ座っています。トイレに行く回数は多いものの、今のところは探しながらでも自力で行けているのでそのままにしています。
トイレに行きたいのに場所が分からないFさんへの対応を見直す
カンファレンスではまず、Fさんの認知機能について話し合われました。
認知症の進行により、いわゆる「場所の見当識障害」が出現していることが伺えます。
次に「人」の視点で考えてみると、あるスタッフから次のような意見がありました。
「研修で初めての会場に行ったとき、駅からスマートフォンの地図を頼りに歩いたのですが、会場にたどり着くまではずっと、大丈夫かな、この方向であっているかな、と心配になりました。行きたい場所があるのに分からないときは、行動していても不安でいっぱいですよね」。
そう考えると、トイレに行きたいのに場所が分からないことはとても不安なはずです。
一人で探しながら行けるからといって見守りだけをしているのは不十分と考え、Fさんが座っている位置から見える壁に『トイレはこちらです』と書いた矢印を貼ることにしました。
それ以降、Fさんは立ち上がるとすぐにトイレの方向に歩き出すようになりました。
Fさんがトイレに行きたいと言う“本当の理由”を探る
解決したと思われたFさんの問題ですが、トイレに行く回数は若干減ったものの、頻繁なときは5分おきという状況は以前と同じでした。
そこで、いつどんな場面で頻繁にトイレに行くかを調査しました。
分かったのは、ご飯を食べているとき、テレビを見ているとき、家から持参した本を読んでいるときは1時間くらいトイレに行かないこと。
対照的に、みんなで作業をしているときやレクリエーション中はトイレに行く回数が多いことでした。
さらに調べていくと、もともと得意だった料理や体操など、一人でできることをしているときはほとんどトイレに行かず、ぬりえやパズルゲームなどスタッフが声を掛けないとできないことをしているときはトイレの回数が圧倒的に多いようです。
以前に比べて分かりにくいことやできないことが増えているのに、スタッフが気付いていないことがFさんの不安となり、結果としてトイレに駆り立てたのではと考えました。
そこで、Fさんが一人でもできることを探してやってもらうようにしたところ、トイレの回数は格段に減りました。
「人」という視点で考えてみてください。
同じテーブルで目の前の人が上手にやっているのに、自分にはできないとき、そこは居心地の良い場所になるでしょうか。
きっとその場を離れたくなるのではないでしょうか。
では、どこに行くでしょうか。
一人でも落ち着ける場所、それがFさんにとってはトイレだったのかもしれません。
だからトイレの中で独り言を言い、おしっこも出ないまま便座に座っていたのではないでしょうか。
Fさんに限らず、トイレ空間が落ち着くと感じる人は少なからずいるのではないでしょうか。
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