認知症ケアで最も重要なことは、認知症の人の示す症状を正しく理解して、認知症の人が安心して療養生活が送れるように援助することであると私は思っています。
認知症の初期から、医療依存度の高くなる終末期まで通してその重要性は変わりません。
認知症を「知的機能の低下によってもたらされる生活障害」ととらえると、記憶力・理解力・判断力・推理力・学習能力などの知的機能が低下することによって、自身と周囲の状況判断が不正確になって不安と混乱に陥っているのが認知症の人です。
認知症の人は知的機能の低下の特性からもたらされる特徴的な世界を形成しています。私たちが持っている常識的な判断ではその世界を理解することができません。
認知症の人の診療や家族への介護相談などを通して、認知症の人の示す言動には共通の特徴があることに気付き、その特徴をまとめて「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」と名付けました。
【第1法則】記憶障害に関する法則
記憶障害は認知症の最も基本的な症状で「中核症状」と呼ばれています。
普通の物忘れと違い、認知症の記憶障害には、「記銘力低下(ひどい物忘れ)」「全体記憶の障がい(体験を丸ごと忘れる)」「記憶の逆行性喪失(現在から過去に向けて記憶を失っていく)」という特徴があります。
この3つの特徴を頭に入れておけば、認知症の症状がよく理解できるようになります。
ところで、まず私たちが心得ておかなければならないことは「記憶になければその人にとって事実ではない」ということです。
周りの者にとっては真実であっても、本人には記憶障害のために真実でないのが、認知症では日常的であることを知っておくことは大切です。
(1)記銘力低下(ひどい物忘れ)の特徴
今見たこと、聞いたこと、話したことを直後に忘れる、つまりひどいもの忘れが、記憶障害の第1の特徴です。
同じ話を何回も繰り返し話すのは、その度に忘れてしまい、毎回初めてのつもりで話しかけているに過ぎません。
物忘れのために同じことを繰り返すのは、認知症の人ばかりではありません。
外出の時、ガスの元栓を閉めたかどうか気になり、処置したことを思い出せなかったら、必ず台所に戻って確認するはずです。
気になることを忘れた場合に、繰り返すのは人間の本性である、と知ることは重要です。「同じ状態になれば自分も同じことをする」と思うことで、認知症の人の気持ちが理解でき、イライラが軽くなるのは間違いありません。
(2)全体記憶の障がいの特徴
普通の人は細かいことは忘れても、重要だと思うことや体験したことを忘れることはありませんが、認知症では「出来事の全体をごっそり忘れてしまう」ことがあります。これを「全体記憶の障がいの特徴」と呼んでいます。
訪ねてきた人が帰った直後に、「そんな人は来ていない」と言い、デイサービスから帰った後「今日はどこに行ったの」と尋ねられて「どこも出掛けないで一日中家にいた」などと言うのは、この特徴からくる症状です。
この場合、介護者は「体験したことを忘れるのが認知症の特徴だから、思い出せないのは仕方がない。でも、デイサービスで楽しく過ごしてきたのだから、思い出せなくてもそれでよいのではないか」と割り切るのがよいでしょう。
認知症の人は、ある時期、異常な食欲を示すことがあります。そのようなとき、食べた直後に「まだ食べていないから、早くご飯を用意しろ」「食事をさせないで殺すつもりか」などと言って食べ物を要求します。
過食の時期は一人分を食べても空腹感が残っていて、しかも細かい献立の内容を忘れるだけではなく、「食べたこと」を忘れます。
「記憶になければ事実ではない」
「本人の思ったことは本人にとっては絶対的な事実である」
という原則のため、食べ物を要求するわけです。
「食べていない」という本人の思い込みを認めて、
「今、準備しているから少し待っていてね」
「おなかがすいたのね。おにぎりがあるからこれを食べてね」
と対応した方がうまくいきます。
それでも本人が納得しなければ、もう一食食べてもらいましょう。
この時期には二人前を一度に食べてもおなかを壊すことも太ることもないので安心して食べてもらえばよいのです。
不思議に思えるかもしれませんが、動きが非常に活発でエネルギーの使い方が多い、栄養の吸収の効率が悪いと考えれば、異常な食べ方ではなく、必要なカロリーを摂取しているにすぎないと思えるでしょう。
(3)「記憶の逆行性喪失」の特徴
認知症の記憶障害の第3の特徴が「記憶の逆行性喪失」です。
これは、「記憶を過去にさかのぼって失っていき、最後に残った記憶の世界が本人にとって現在の世界となる」という特徴です。
「いまから会社へ行く」と言って、背広を着てカバンを持って出掛けようとしたり、年齢を尋ねると「18歳です」と真面目な顔で答えたり、数十年連れ添った配偶者の顔が分からなくなり、息子を見て自分の父親とか叔父と呼んだりするのも、昔の世界に戻ってしまったと考えれば、極めて自然なものととらえられます。
「記憶の逆行性喪失」の特徴を知り、認知症高齢者の世界がどのようなものであるかを考えられるようになると、介護はむしろ楽しくなってきます。
【第2法則】症状の出現強度に関する法則
認知症の症状が、いつも世話してくれている最も身近な介護者に対してひどく出て、ときどき会う人、目上の人には軽く出ることを言います。
この特徴が理解されないことから、介護者と周囲の者(同居している家族であっても)との間に認知症の状態への理解に深刻なギャップが生じて、介護者が孤立します。
【第3法則】自己有利の法則
自分にとって不利なことは一切認めないで、認知症があるとは思えないほど、素早く言い返してくることを言います。
しかし、言い訳の内容には明らかな誤りや矛盾が含まれるため、
「都合のよいことばかり言うずるい人」
「平気で嘘を言う人」
「やる気がない人」
など、認知症高齢者を低い人格の持ち主と考えて、介護意欲を低下させてしまう家族は少なくありません。
認知症高齢者は知的機能が低下して相手の気持ちが理解できず、また嘘とばれてしまうという判断もできないため、平気で言ってしまうのです。
したがって、そのような言動こそ認知症そのものと考えるべきでしょう。
【第4法則】まだら症状の法則
正常な部分と認知症として理解すべき部分とが混在します。
初期から末期まで通してみられます。
常識的な人だったらしないような言動を認知症高齢者がしているため周囲が混乱しているときには「認知症問題」が発生しているのだから、その原因になった言動は「認知症の症状」であるととらえます。
【第5法則】感情残像の法則
言ったり、聞いたり、行動したことはすぐ忘れるが(記銘力低下の特徴)、感情の世界はしっかり残っていて、瞬間的に目に入った光が消えたあとでも残像として残るように、認知症高齢者がそのとき抱いた感情が相当時間続くことを言います。
家族が一生懸命になって説明したり教え込んでも、その内容をすぐに忘れてしまって効果がないばかりか、家族をうるさい人、いやなことを言う人、恐い人ととらえるので、介護がかえって大変になることは認知症高齢者の介護では日常的です。
【第6法則】こだわりの法則
「あるひとつのことに集中すると、そこから抜け出せない。周囲が説明したり説得したり否定したりすればするほど、逆にこだわり続ける」という特徴がその内容です。
ある人とある人との間に何らかのこだわりが生じた場合、普通、相手を説得したり、相手に説明したり、命令したりしてそのこだわりを解消しようとします。
しかし、認知症の世界ではこの方法はほとんど通じません。
こだわりの原因が分かればその原因を取り去るようにする、そのままにしておいても差し支えなければそのまま認める、第三者に入ってもらいこだわりを和らげる、別な場面への展開を考える、地域の協力理解を得る、一手だけ先手を打つ、認知症高齢者の過去を知る、長期間は続かないと割り切るなどの方法が認知症高齢者のこだわりに対応する基本的なやり方です。
【第7法則】作用・反作用の法則
認知症の人に対して強く対応すると、強い反応が返ってきます。
認知症の人と介護者の間に鏡を置いて鏡に映った介護者の気持ちや状態が、認知症の人の状態と言えるでしょう。
リハビリや入浴なども、その意味がわからない認知症の人にとっては、辛いこと、いやなこと以外のものではありません。それなのに周囲の者が、その人のためと思って無理やり進めようとすると激しい反抗となって返ってくるのです。
「【第6法則」こだわりの法則」で取り上げましたが、「そのままにしておいても差し支えなければそのままにしておく」ことです。
「押してダメなら引いてみな!」というように対応するのが良いでしょう。
【第8法則」症状の了解可能性に関する法則
老年期の知的機能低下の特性や、第1~第6法則でまとめたような認知症症状の特徴、および認知症高齢者の過去の生活体験などを考慮すれば大部分の認知症の症状は十分了解できるものである、という内容の法則です。
【第9法則」衰弱の進行に関する法則
認知症高齢者の老化の速度は非常に速く、認知症でない高齢者の約3倍のスピードで進行するというものです。
認知症高齢者グループと正常高齢者グループのそれぞれ1年ごとの死亡率を5年間追跡した調査結果(聖マリアンナ医科大学長谷川和夫前理事長らの調査)では、認知症高齢者グループの4年後の死亡率は83.2%で、正常高齢者グループの28.4%と較べると約2~3倍になっていました。
介護に関する原則
認知症高齢者が形成している世界を理解し、大切にする。
その世界と現実とのギャップを感じさせないようにする」。
これが「介護に関する原則」です。
【情報提供元】
■認知症ケア最前線
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